Daddyはチャモロ人

グアム島でのバイリンガル子育てや日本と違う学校や仕事の事など日々の生活を綴ります。

生まれて初めて

ここのところ息子が生まれた時の回顧録のようなブログになってます。今日も出産時の大変だったグアムでの生活について書こうと

思います。よかったらお付き合い下さい。


出産後2か月経ってやっと普通に歩けるようになったので元の勤め先に仕事復帰しました。


でも1週間もしないうちにグアムに大きな

タイフーンが直撃しました。


勤めていたのは、ビーチアクティビティの会社だったので数日間仕事がありませんでした。

そしてグアム全体が大きなダメージを受けました。


深刻だったのは電気。


数日間ではなく数週間電気がない生活。


子どもが生まれたばかりで、

仕事復帰したばかり。


電気が無いのは本当に辛かったです。


日本で電気の無い生活を1日も送った事がない私。途方にくれました。


グアムは、調理をするのもシャワーをするのも電気を熱源としています。


プール以外で水でシャワーを浴びた事がなく、術後の傷口も痛い中、

水でシャワーを浴びながら

泣いていたのを今でも思い出します。


術後体調が良くなかったので母乳から人工乳に

変えていたのですが、

日本で買ったレンジで哺乳瓶を加熱消毒する道具が使えず、お鍋に水を入れてカセットコンロで煮沸消毒。


息子の沐浴もお湯をカセットコンロで沸かし用意をしました。


昔の人は、すごいなと思いながら、電気のある便利な生活に慣れていた私には、辛くて辛くて

不安しかなかったです。


それを見かねた夫が日本に息子連れて帰ったほうがいいと言ってくれました。

私の両親も息子が可哀想だからすぐに連れて帰って来なさいと言ってくれたので、

日本に帰ることにしました。


私と息子が日本に帰る前に電気は、

復旧しました

(2週間電気がなかったです。うちはまだ早い方でした。)が、


もう航空券を2か月で

購入していたので、仕事を辞めて日本へ里帰りしました。


日本で数ヶ月ぶりにゆっくり出来、両親には本当に感謝しました。

夫も私が日本へ里帰り出来てよかったと言ってくれたので気が楽でした。


夫にも感謝しました。

今日のグアム。


グアムで本当のタイフーンの恐ろしさを知ったのは、このお話の数ヶ月後でした。

その時の話は、また次の機会に。

グアムでの出産

先日、15歳の誕生日を迎えた息子。


その息子を出産した時の事を書きました。


出産した後もしばらく大変だった事を今日は書いてみたいと思います。


緊急帝王切開で出産したのが土曜日の夕方。退院は、月曜日の午前中でした。


出産した日からすぐにトイレは、自力で歩いていかなければなりませんでした。人生初の手術だったのでこんなものかなあと思って痛みに耐えてトイレに行ってました😅


後で、友達に出産時の事を話すと帝王切開だけでも大変なのに普通分娩と帝王切開おまけに卵巣切除までやって大変だったねと、泣かれました😭


退院した時は、赤ちゃんのお世話の仕方や気をつけないといけない事などが書かれた1枚の紙をもらっただけ。日本でやる様なお風呂や授乳の仕方などの指導は、ありません。


出産前から日本で本や雑誌を買ってその本を見ながらお世話をしていました。その当時は、インターネットも無い時だったので全て手探りでした。


実家の母は、お手伝いに来てくれるといってくれましたが、

異国の地でもあるので断りました。


夫のお母さんが何かあれば手伝ってくれるというので、なんとかなるかと思ってました。


出産後1か月経っても、2、3歩歩くと息が苦しく中々以前の体調に戻りませんでした。


後に2人目の娘を帝王切開で出産しましたが、

10日目で息子の学校のお迎えを車に乗って行ってました。


今考えると、普通分娩と帝王切開の両方をした事と小さい臓器とはいえ卵巣切除をした事が原因だったのかなと思います。


あの時は、先が見えない不安も有り、鬱になっていたような気がします。


出産から2か月後ようやく仕事復帰することになりました。


そしてまた大変な試練がやって来ました。


この続きは、また別タイトルで書きたいと思います。

世界地理のノートの表紙は、自分で絵を描いて

提出。この先生は、ノートのチェックを定期的に行い、点数をつけます。